アーティストは政治を語るべきか?

 ライブで突然原発とか9条の話始めるアーティストwwwwww

 読んだ。

 僕は二十代だけれど、ボブ・マーリーとか、セックス・ピストルズとか、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとかを知っているので、アーティストが政治の話をしてなにが悪いの?と思う。

 僕自身、ポップミュージックの歴史に詳しいわけでは全然無いけれど、少なくともロックに関して言えば、元祖ロックバンドと言っていいであろうビートルズの頃から政治と無縁ではなかった(こーいうことを書くと「ビートルズは元祖じゃない!」と言ってくる人もいるかもしれないが本質とは関係ない話なので無視する)。

 もちろん、ロックが「純粋真っ直ぐ」な政治的主張を叫んでいられたのはごく僅かな期間だったのは知っている。イーグルスのホテル・カリフォルニアによれば、1969年にはもうロックのスピリットは死んでいたらしい。僕が生まれる前のことだから詳しくはわからんけども、「音楽で反体制!」なんて時代はとっくのとうに過ぎてしまった。

 というか当時ラブアンドピースを訴えていた人たち人たちだって、本気でラブアンドピースなんて信じていた人なんてごくわずかで、大半は「なんかバカ騒ぎしてるから行ってみようぜwwww」的なノリだったのかもしれない。

 しかしね、少なくともリンク先で名前が上がったザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトに関して言えば、彼は「神は(イギリス)女王だけを救う」とゴッドセイブザクイーンで叫んでいたセックス・ピストルズから直接影響を受けて音楽を始めた人なのだよ。その彼が政治的な発言をしたというだけで「萎える」って、あーた、ホントにファンなんか??いや、クロマニヨンズのことはよく知らんけどさ。

 だいたい見た目や音楽性だけマネて態度の伴わないパンクのことを「ファッションパンク」って呼んで揶揄するのが本物のパンクスってもんなんじゃないですかね?ええ??



 少し熱くなりすぎた。イカンイカン。



 確かにミュージシャンによる政治的発言は、多分に絵空事の夢物語的要素を含んでいるのかもしれない。

 しかしだったら、「俺は彼らの主張に賛同できないから聞くのをやめる」とか、「主張には賛成出来ないけど音楽自体はイイから聞き続ける」とか、そういう態度を個々人が取ればいい。

 しかるに件のページに書き込んでいたヤツらは、そういうのは「萎える」から「やめて欲しい」と言い、「ミュージシャンは音楽だけに専念して欲しい」と言う。

 実際のところヤツらは、反原発や憲法九条には反対で、自分の愛するアーティストがそういう自分の主張と反することを言うのはやめて欲しい、と思っている。

 でもそれをそのまま言ってしまうと、自分の反「反原発や憲法九条」という政治的主張を表明することになってしまうので「ミュージシャンは音楽だけに専念して欲しい」と言うような持って回った言い回しをしているのである。

 そしてコイツラは己がそのような過程を経てモノを言っているということに、自分自身で気づいていない。というか、無意識的な防衛本能によって気づいていないフリをしている。なぜか。政治についておおっぴらに語るのはダサくて胡散臭いことだと思っているからだ。

 ミュージシャンによる政治的主張がどれほど意味があるものなのかはわからないけれど、少なくともある時代までは「アリ」だった。もしコイツラがポップミュージックの歴史を知っていれば、今現在それに対して萎えている、つまり「ナシ」だと思っているということについて、なんらかの内省のようなものがあってしかるべきだとおもうのだけれど、コイツラにはそんなものは全く見受けられない。僕がいちばん納得いかないのはそこのところなのだと思う。もしかして、僕は古臭いことを言っているのだろうか?



 最近『ええ、政治ですが、それが何か?』という本が出た。

ええ、政治ですが、それが何か?――自分のアタマで考える政治学入門

ええ、政治ですが、それが何か?――自分のアタマで考える政治学入門

 内容は、

 政治という言葉には悪いイメージがこびりついている。汚い、金がかかる、うさんくさい…。だが、そうやって政治を忌み嫌い隔離し、放置することで、世の中はある一部の政治にコミットする人間の進みたい方向へと誘導される。政治を特別扱いせず、普段づかいにすることが社会をよりマシに変える第一歩。政治と言葉の問題に取り組んできた政治学者が、政治にこびりついたイメージを払しょくすべく、政治とは何かを豊饒な言葉で語りつくす。(Amazon.co.jp「内容紹介」より)

 というものらしい。

 正直に白状すると、僕はまだこの本を読んでいない。近所の本屋で探したが置いていなかったので、それっきりにしてしまった。

 でも出版時にこの本の存在を知って興味をもったのは確かで、それは「政治というものについて公の場で語ることがタブー視されている」という本書の主張に深く共感したからだ。

 政治について語るアーティストに対して、「そういうのはヨソでやってください」と平然というような態度が、昨今のダメ地方議員のような問題を生んでいるのでは…?というのは少々論理の飛躍が過ぎるにしても、政治について公の場で語るということがもう少しオープンになってもいいのではないかとは思う。例えば、仕事と家庭以外の場では基本オッケーにするとか。