だらだらと随想。

 書くことがない。正確に言うと、一つの記事を書くほどのネタがない。まぁいつものことだ。サブブログを使っていると、こういうときに便利だ。なにに対して便利なのかはわからないけど。

 モンハンはまだやっている。もうギルドクエストくらいしかやることない。だって結局ソロだと操虫棍が一番強いんだもの。他の武器作る気起きないし。ほんとバランス調整下手だよな。モンハンのスタッフって。

 なんて文句を言いながらもプレイし続けてしまうのがゲーマーの心理である。滑稽であるなぁ。ははは。

 実際のところ、MH4Gはよくできたゲームである。マンネリだったり、一部の要素がつまらなかったりするが、その辺に目をつむれば良くできたやり込みゲーだ。Amazonのレビューが荒れているのはは古参プレイヤーの懐古思想に依るところが大きいと思う。

 しかしそう考えるとモンスターハンターは懐古されうるほどの長寿シリーズになっているわけで、いつまでおんなじことをやってるんだろう、という気になる。

 モンハンシリーズは、全く同じ名前の装備が何度も登場する。ドラクエで言えば「はがねのつるぎ」や「メタルキングの盾」が毎回登場するのと同じだ。

 ドラクエの場合、装備を手に入れるまでの過程はシリーズごとに変わる。「はがねのつるぎ」のように店で買えるものであっても、その店にたどり着くまでのストーリー展開や戦闘はだいぶ違う。

 モンハンの場合はどうだろう。一見すると、シリーズのどの作品でも「モンスターを倒して素材を集めて装備を作る」という過程なので、毎回同じじゃねーか、という気がしてくる。

 しかしモンハンにも「クエストをクリアしてさらに高レベルのクエストを解禁する」という攻略要素があり、その攻略の過程は毎回変わる。だから毎作で同じ装備を作っているからといってマンネリだとは限らない。

 モンスターだって、毎作で同じモンスターが出てくるが、強さは変わっているし、プレイヤーが操るハンターの性能も変わっている。だからマンネリとは限らない。

 それよりも問題は、僕自身がゲームに飽き始めているということ、というより“ただ”ゲームをやるということに飽き始めているということなのかもしれない。

 コンピューターは、予想外の反応を示さない。例えばコンピューターに、ボタンを押すと1兆個の反応のうちの一個をランダムで返すようにプログラミングしておけば、見かけ上は毎回予想外の反応を示す、ということにはなるかもしれない。

 でも、コンピューターは突然僕の手を握ってきたりはしない。コンピューターはいきなり僕の頬を叩いたりはしない。コンピューターは急に背後から僕の○○をわしづかみにしたりはしない。

 それって要するに、人に飢えてる、ってことだよなぁ。

 しかしオンラインゲームをやる気は起きない。モンハンだってオンラインプレイはできるけど、どうも気を使ってしまう。

 対戦ゲームなら、逆に気兼ねせずにできるのでやれる。あ、気兼ねしないからといって挑発しまくるみたいなことはもちろんしないからね。念のため。

 人間関係が欲しい、と思いながらも上手くいかない、という問題に生まれてからずっと悩まされているのに、いまだに上手くいかないというのはどうしたことだろう?

 恥ずかしがっているからとか、プライドがあるからだとか、原因と思われるものはあるのだが、わかっていることと変えられることとは別である。

 僕はどうありたいのか。リア充になりたいのか?そんな空虚な言葉を使ってもいいのか?ってほらまたプライドが邪魔をする。

 文章を書くのは楽しいし、だからブログを書いてるけど、ブログを書いてもやっぱり人間関係は作れない。そりゃそーいう風に書いてる自分が悪いのはわかってるんだけどさ。

 これが承認欲求というやつなのか。僕にもあるのか承認欲求。でもそういうのってダセェよな、という感情もあって、これはなに欲求なのだろうか。一周ひねくれてるだけでこれもまた承認欲求なのか。

 と、言葉でごちゃごちゃ考えてもあんまり意味ないよなーというようなことを最近考えるようになったりもして。これは進歩なのか退歩なのか。うーむ。うーむ。