すごい力の欲動。インディカ米の心。
蓋付きのパワーでブラックウッドの森を行く。
狼藉を働いた者のパンチに溺れる。
同棲っていう響き。プラットホームでわたがしを氷に詰める。
フルフェイスとして在ること。不確かな瞬間。マッチ棒よりも君を愛している。
下から投げる。方法論で増殖する。パナップ2つ分の怒りとともに。
ユートピアでつもりになる。マッサージ。ベリーウェルなマッサージ。
闇をほおばるうさぎの祈り。全然前頭葉に無い記憶。
よく見たらポリス。それとアンダギー。夢を追う猪鹿蝶。
ジェットよりもジョットで。配達されし供物は面倒を欲する。
誘惑への敗北。だったらどう、という雄弁。もしかしてなんてものは無い。
ルーとビックとキューブが合わさる。集合の叡智。ツリーという超越。
インビテーションで言う。情熱が需要をとっさに換気する。全校生徒の不通。
注目して欲しい。前と横に。力とパワーの介在に。
テンポというものが形作られている。涙だけでは殴れない。
時短にも似た。つららが喜望峰を形作っている。

吉本興業は国家的プロジェクトに多く関わっている。つまり税金が投入されている。
その企業の営業体制がクリーンであるか否かは全国民に関わる問題だ。

という話をすべきかどうか悩む。
本当のことを言うのは簡単だ。問題は、本当のことを言うことが必ずしも正しい結果をもたらすわけじゃない、ってことだ。

どんな事を書くべきか。悩んでいる。
悩んでいるのは今に始まったことじゃない。むしろずっと悩み続けている。だから平常運転だ。
書きたいことを書けばいい。書くべきことを書けばいい。「こんなことが書かれていたらいいな」と思うことを書けばいい。それはわかっている。
問題は具体的なアプローチの方法。まず練習でフォームを固めなければ、実際の試合でどんな球種をどのコースに投げるかは決められない。という野球の比喩は今の世の中でどれほど通じるのか。

全く懐く気配が無かった我が家の飼い猫2匹だが、そのうち1匹はいつの間にか机で作業している僕の隣のスツールの上で眠るようになった。
でも触らせてくれるわけではない。どういうメンタルなんだろうか? 猫の考えがわかる日は永久に来ない。地球が終わるその日まで。
そして煮干しを食べる。冷蔵庫を開けて煮干しの袋を取り出した瞬間に近寄ってくる。でもやっぱり触らせてくれるわけではない。あんなに魅惑のモフモフボディをしているにも関わらず。罪なやつだ。

Bluetoothイヤホンを買い替えた。前に買ったやつの充電がちょくちょく失敗するようになったので。
完全ワイヤレス。左右分離型。未来的なガジェット。でもいちいち充電しなきゃいけないあたりはまだめんどくさい。
スマホからワイヤレス給電できるようになるにはあと2、30年はかかるだろうか。イヤホンの駆動に必要な電力は大したことがないので案外早く実用化するかもしれない。

あなたの居ない人生がどのようなものか。それは神のみぞ知る。
そして大人になるということは、そのような「人生」を生きることだ。
わかったときにはもう遅い。それもまた人生。そして生活は続く。

猫の捕まえ方。

半年ほど前に我が家にやってきた2匹の猫。オスの方がやってきた翌日に脱走事件を引き起こしたんだけど、今度はメスの方が脱走。
数日前に家族が洗濯物を干している一瞬の隙をついて掃き出し窓を滑り抜け、そのまま姿を消してしまったという。
それからほぼ毎日家の周辺で歩く姿を発見してはいたものの、捕獲には至らず。なんせ相手は猫なので、手でつかむことなど到底不可能。動物としての身体能力の差を見せつけられるだけに終わるのは目に見えている。
そして昨日、ようやく捕獲に成功。前回も僕が捕まえたのでこれで2回目。もはや猫捕獲のエキスパートといっても過言では無い。うん、言い過ぎ。

2回とも、

  1. 庭にエサを撒いて猫を待つ
  2. 庭に現れたらエサでおびきよせて窓から家に入らせる
  3. エサを食べている隙に自分は玄関を出て庭に回り込み後ろから近づく
  4. 猫、驚いて家の中に逃げる
  5. 僕、おもむろに窓を閉める

という手順で捕獲した。なのでたまたま我が家に庭に面した掃き出し窓があったおかげな面が大きい。

普通は逃げ出した猫を見つけたら追いかけてしまいがち。でも猫は警戒心が強く、まして今まで室内飼いだったのがいきなり外に飛び出してしまったらその警戒心はマックスになっている(と、猫情報サイトに書いてあった)。なるべく近づかず、むしろ離れた方がいい。

猫が現れたらエサを投げる。猫は動くものに反応するので、置いておくより効果がずっと高い。
エサはもちろん猫の好物がいい。オスの時は来たばかりでわからなかったので固形のエサを使ったが、今回は好物の焼き魚をちぎって投げたことで猛烈に食いついてくれた。

後ずさりしながらエサを投げて誘導し、家の中に入らせることができたら、あとは回り込んで窓を閉めるだけ。2人で捕まえるなら1人がエサをあげている間にもう1人が窓を閉めに行くといいと思う。

と、そんな感じで自分なりの猫の捕まえ方を書いてみたけど、より確実に捕まえたいなら専用の捕獲器を動物病院などで借りられるらしいのでそれを使った方がいい。うちは近所に野良猫が多いのでその方法は使わなかったけど。
そんなわけで無事我が家に戻ってきたメス猫。昨日は久しぶりの対面でオスとケンカしたりしていたけど、すっかり仲直りしたらしく今夜は2匹並んでベッドで眠っている。ほんとうによかった。
逃げ出したことも大いに問題なんだけど、実は2匹とも半年経ったのに全然飼い主に懐いてくれず、それもちょっと悩みどころになっている。でも今は無事戻ってきてくれただけでよしとしよう。

2匹の子猫。

実は2ヶ月ほど前から家族が貰ってきた2匹の子猫を飼っている。
家に来た直後に1匹が逃げ出す、というアクシデンツに見舞われたが、数日後に家の周りで発見、餌を撒いてちょっとずつ家の中までおびき寄せる、というマンガみたいな方法でどうにか捕獲に成功。捕獲成功の瞬間は人生の中でトップレベルの達成感がこみ上げてきたものである。ほんとうによかった。
しかしコイツラがまた全然人間に慣れていない。元野良猫なせいか、少し近寄っただけでサーッと逃げてしまう。そのくせ餌は欲しがる。困ったもんだ。
以前飼っていた猫は野良猫だったのにけっこう人間に慣れていた。大人だから落ち着いていたのか、それとも元々誰かに飼われていたのかはわからないけども。
今回、2回目にしてはじめて「甘えてこない猫」を飼い始めたことになる。正直ちょっと愛着は湧きにくいが、それでも猫は猫。仕草なんかはやはりキュートである。
Twitterなどで「元野良猫なのに今はこんなに懐いてる」系の動画をたまに見かける。ウチの猫もあんな風になってくれたらいいのに、と思う。でも世の中には一生懐かない猫もいるらしく不安。まだ子猫だから大丈夫だとは思うんだけど。

面白いことをやって、それを面白く出力することが出来れば、それが一番いい。
でも自分が面白いと思うものを他の人が面白いと思うとは限らない。という問題その1。
かといって他の人が面白がりそうなことをやっても、自分が嫌々やっていると結局面白いものが作れない。問題その2。
多分、自分が面白いと思っているもので他人を力づくに面白がらせるくらいのパワーが必要なのだろう。どうも自分にそれがあるとは思えないけども。
とりあえずしばらくはもうちょっとわがままにやってみようかな、と思う。自分が面白くないと自分が潰れそうなので。

いなくなった猫。

 突然だが、今年の8月ごろに我が家にやってきた猫はもういなくなってしまった。その理由はあえて書かないことにする。

 今まで当たり前のようにそこにいたものがいなくなってしまうのは、とてもとてもさびしくせつない。

 もう服や布団を汚されることもないし、夜中に突然お腹の上に乗られてびっくりすることもない。もう二度と。

 それはことばでは言い表せない悲しみだ。そんなことはわかってた。

 でも実際にやってくる悲しみは、想像上のものとは違う。いわば質量と体積を持った悲しみだった。

 可愛げのない雄猫だった。おっさんみたいなヤツだった。じゃれたり遊んだりすることは知らないようだった。

 それでも、餌や暖を求めてやってくる彼を見ると、守ってやらなきゃいけないと思えた。

 そして彼はもういない。その事実は、決して揺らぐことはない。

 せめて彼が、ここではないどこかで、いつまでもいつまでも、ごはんを食べたり、眠ったり、いろいろなものの匂いをかいだり、雌猫を追いかけ回したり、そんな風に自由闊達に暮らしていけることを、願いたいと思う。祈りたいと思う。

 そしていつかどこかでまた彼に出会えたら、ありがとう、と言いたい。その日まで、少しでもまっとうに生きていきたい。

猫、アンド猫

 野良猫だった猫はすっかり我が家に居着き、小さな窓から自由に出入りするようになった。でも大抵は家にいる。

 首元の傷は当初の3分の1ほどまで小さくなった。きっともうすぐ治るだろう。

 しかし最近は鼻の調子が悪いらしく、いつも鼻水を出している。

 しかも厄介なことにところかまわず鼻水を飛ばすので、家の中が汚れまくり。毛布、ガビガビ。しかしそれでも憎めないのが猫。おそろしいですね。ええ。

 鼻が利かないせいか食欲もあまりないようで、少し痩せてしまった。今は病院でもらった薬をエサに混ぜている。

 ものすごく人に慣れた猫なので、元々は飼い猫だったのが、病気がちになったせいで捨てられてしまったんだろうか。

 でも猫は何も言わず、今日も寝ている僕の体の上に乗ってくる。そしてまたクシャミをする。

 傷つきやすいものは大切に扱わなくちゃいけない。そしてそれは時にものすごく難しい。

 自分にできることは限られている。そもそも何かをする理由も、いつまでもあいまいなままだ。

 それでもできることといえば、前に進むこと。後ろに下がること。脇道を通ること。立ち止まること。そんなようなシンプルなことしかないのかもしれない。猫のことを思うと、そんな風に考えてしまう。