違う言葉 2023年11月7日

我、気圧変化に負けし者。あまりにもだるみ。


だるいのでスト6をトレモだけやる。ジェイミーのレベル3後の追撃、いまだに正解が分からず。
目視で高さ調節するとダメージ伸びるけど、実戦でやるのは怖すぎる。


マフィア2がPSのフリプに来たのでいずれやろう。。


読書。文章の書き方の本。自分のようなアマチュアブロガーでもいちいち納得できる内容。
書く人は、常に無力感に苛まれている。それでも前に進む。
書くからには、最大限読む人に気を配らなければならない。
なぜなら読むという行為はあまりにも労力を使うから。少しでも労力を軽減せねばならない。
この日記は日記だから好き勝手書かせてもらってるけれども。


本屋行く。どこまでも透き通った物語、やはり読んでおきたい。


朝、パングラノーラ。昼、昨日の鍋で雑炊。夜、蒸し鶏のネギ塩タレ。
脚トレ。昨日の腹筋トレで背骨が痛い。普段の蓄積した歪みが表れてる感じ。


ただやり続ければいい。なのにそれができないのはなぜか。
これでいいのか? という疑い、懐疑があるから?
でもそれってサボるための言い訳じゃない?
怠惰とはそもそもなんなのか。
がんばらないほうがいい、むしろ上手くいく。そういう考え方もある。
なにを努力とするか、努力とも感じずにこなせるかは、個人差、あるいは相対的なものでしかないのか。
レールの上を走るように、あるいは螺旋階段を登るように、努力という道を進み続ける。そういう仕組みが目の前にあったら、どんなに楽だろう。
でも人生はそうなっていない。少なくとも自分にとっては。
暗い海の中を、ロープを手繰り寄せて進む。ロープを引いている間は少しずつ岸に近づける。でもロープはすぐに途切れてしまう。次のロープを探さなければならない。その繰り返し。


昔の自分は、今まで使っていたのとは違う言葉を使おうとしていた。
それによって、過去や現在から距離を取ろうとしていたのだと思う。
その時の自分にはそれが必要なことだった。切実に。
違う言葉。それがその時の自分にとっての「ロープ」だった。
でももはや、昔使っていた言葉から距離を取る必要は無くなっているように思われる。
自分が元々使っていた言葉はどんなものだったか。思い出せるだろうか。
いや、そう簡単に使う言葉を変えられるハズがない。
元々使っていた言葉が、新しい言葉と出会って混ざり合う。そのようにして人の言葉は変わっていくハズだ。
昔使っていた言葉は、自分の中に、まだ残っているハズだ。